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2021年12月号

 

『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』

-Part III:ハウリングとその問題点について-

 

前回に引き続き、『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』として『ハウリング』について解説をします。
補聴器にとってハウリング対策は長きに渡り苦労をしてきた問題であり、デジタル補聴器が出現して20年以上経つ現在でも課題の
1つに上っています。 ハウリングの本質的な問題から、現在の解決法などについて2回に分けて解説をいたします。
今回は先ず、ハウリング発生のしくみと様々な問題点について整理をします。

 

■ ハウリングのメカニズム

難聴者が補聴器を装着する上でよく問題になるのがピーピーと鳴るハウリングです。多くの方が補聴器はハウリングがするのが当たり前だと思っている人もいるくらいです。いうまでもなく、補聴器の装用において、ハウリングさせないのがフィッティングの基本であることはいうまでもありません。

 

1) ハウリング発生の条件
先ず、ここではハウリング発生の原因についてもう一度確かめたいと思います。
ハウリング(フィードバックともいう)は、マイクロホンに入力された信号が様々な処理の後にスピーカ(レシーバ)から出力され、その音が再びマイクロホンで拾うことによって起きる現象のことです。

ハウリングは、以下の条件が満たされない限り、音が戻ってきてもハウリングは発生しません。

 

●ハウリング発生の条件

①フィードバックループゲイン > 1
②元の信号と同相(位相が同じ)であればハウリングが発生する。

 
2) ハウリングの種類
ハウリング(フィードバック)には大きく分けて種類のものがあります。

●アコースティック(音響的)フィードバック
一般的にハウリングと呼ばれているものがこれにあたり、音響的な遮断や電子的なキャンセリングで抑えることが可能。

●メカニカル(機械的)フィードバック

ハウジングやシェルの振動によって伝わるもので内部発振とも呼ばれ、物理的に適正なダンピングが必要。
電子的な抑制処理は難しい。耳あな型補聴器や、高・重度難聴用補聴器で発生しやすい。


3)発生の要因は利得か出力か? 
ハウリングはスピーカからマイクロホンに戻ってくる「音の漏れ」や「機械的振動」が原因。音が大きくなるほどこれらは大きくなり、ハウリングが発生しやすくなります。

つまり、

●ハウリングは利得との相関性が高い

フィードバックループ>1
という条件があることから、ハウリングはシステムの全体利得との相関性が高いといえます。

4)ハウリングが発生しやすい周波数
前述のように、ハウリングの発生には位相が大きく関係します。波長の短い高域ほど位相が同相で重なりやすくなります。

●高い周波数はハウリングが起きやすい
波長の短い高音は、元の信号とフィードバックループが同相で重なり合いやすいため、ハウリングが起きやすい。

●ピーク周波数でハウリングが起きやすい
ピーク周波数では利得が高くなり、そこでハウリングが発生するリスクが高い。

●メカニカルフィードバックは低域も影響が出る
メカニカルフィードバックでは、低音域にも乱れが生じる

 

5)ハウリングの発生しやすい環境
では、ここで問題です。
近年の一般的な補聴器フィッティング方法において、ハウリングは周りが静かな環境とうるさい環境のどちらで発生しやすいでしょうか?
1.静かな環境
2.うるさい環境
3.どちらも同じ

正解は次回のオーディオロジーニュースでお伝えします。

 

 ハウリングによる影響

 

1)きこえに及ぼす影響
ハウリングは、その装置が発振している「異常状態」であり、ハウリング周波数の辺りではほぼ最大出力(出力制限をかけていればその最大)に近い状態になるケースが高くなります。
その結果、

 

ピーピーした音の不快感。

・ハウリング音が邪魔になって、聞きたい会話が聞き取れない

・発信周波数あたりの音声成分が削られてしまう

などの問題が生じます。

 

2)周囲に及ぼす影響

ハウリングは本人ばかりでなく、周囲へも悪影響を与えます。

 

・ピーピー音は家族や周りの人達にとっても不快。

・補聴器装用の信頼が損なわれる。

補聴器を付けても聞こえていない、ピーピーうるさいだけ

 

結果的に、補聴器を活かすことができず、人とのコミュニケーションが阻害される。

ということになりかねません。

 

このように周りの人からは、きこえを取り戻すための大切な道具であるはずの補聴器が、厄介者になってしまうという誤解を生む事態になります。

 

3)その他の問題

ハウリングは不快感や聞き取りの問題だけではありません。

 

・ハウリングが発生している状態は大きな音が鳴り響いている場合が多く、耳への負担につながる。

・ハウリング状態は補聴器の消費電流も高くなりがち。

⇒電流消費量が高くなり、電池の持ちが悪く(短く)なる

 

このように、補聴器にとってハウリングは多くの問題を引き起こすことになります。一般の方は未だに、「補聴器はピーピー鳴るのが当たり前」だと思っている方も少なくありません。確かに、補聴器を耳から取り外せば「ピー」というハウリング音が鳴ることはあります。しかし、「耳に装着した状態では補聴器はけしてハウリングが発生しない」ことが補聴器のフィッティングでは大前提となります。

 

今回は、ハウリング発生のメカニズムからハウリングによる様々な問題点までを解説してきました。次回は、「第4 :ハウリング抑制について (その2)」ハウリングを抑えるための方法や、デジタル信号処理の仕組みなどについて解説致します。



~ 突発性難聴+耳鳴の患者 への対応 ~

事例No94

【ユーザープロフィール】

・年齢47歳 男性

・職業:会社員

・家族構成:妻、子供1名の3人家族

 

・耳鼻科より紹介の患者様


・耳鼻科診断:両側感音難聴

左耳:先天性疾患(と思われる)

右耳:突発性難聴(半年前に発症)

・聴力図:右図参照


・鼓膜所見:正常


・平均聴力レベル:右: 77.5 dB:>120 dB


・語音弁別能:右:70% (95dB)、左:0%(100dB)


・身体障がい者等級:4


・耳鳴:右側 半年前に突発性難聴を発症して以来、

THIスコア(耳鳴り生活困難度):72pt

ピッチマッチテスト:6kHz80dB


・補聴器経験:左耳:以前に試したが効果が無かった/右耳:経験なし

 


●ユーザーコメント

・左耳は幼い頃から聞こえない。聞こえがおかしいと言われて検査した結果、左耳は殆ど聞こえてなかった。

・右耳は半年前までは正常だった。半年前に突発性難聴を起こして以来ほとんど聞こえない。

・右耳は聴力低下と共に耳鳴りが発生し続いている。導眠剤と安定剤を服用して寝ている。

・先月から仕事に復帰するも、電話は勿論、職場の会話に全くついていけない。筆談の応答が多い。

 

●補聴器に対する希望

・形にはこだわらない、とにかく仕事上で会話が聞きとれるようにしたい。

・耳鳴りも改善したい。先生から、補聴器の装用で耳鳴りも良くなる可能性があると聞かされた。

 

●ドクターからの指示

・左耳に補聴器の適応。ハーフゲインの70%程度の利得から開始する。

・先ずは補聴器だけで、SG(サウンド・ジェネレータ)は使わないこと。

・左耳については、人工内耳の検討をする(右側の処方が落ち着いてから)

 

初期フィッティング
【フィッティングのポイント】

耳鳴りを伴う片耳難聴という特異症例のため、ドクターの指示を仰ぎながらフィッティングを進める。

・突発性難聴の治療についてはこれ以上の改善は難しいと判断されており、聴力の改善の見込みがないことから現在の聴力に基づいた適応で進めていく。

・ダイナミックレンジが狭いことが調整の段階で判明し、出力は抑え気味で調整を行う必要があった。

・聴覚トレーニングとカウンセリングを十分行う必要がある。

BTEの試聴機による3ヶ月間の試聴(1カ月ごとに来院チェック)を行い、補聴器の有効性を試すことになった。

【適応器種と設定に関する情報】

・リサウンド・キー4(KE477)を右耳に適応

・耳せん:ダブルドーム: 後にイヤモールド(カナル ベントφ0.8㎜)

・初期フィッティング:

-ターゲットルール:Audiogram

-装用経験:補聴器が初めて-明瞭度優先

-利得:100%

 

【初回フィッティング情報】

●ユーザーの第1印象

・音が大きく聞こえる。少し頭に響く

・自分の声に違和感がある

・周囲の音がよく聞こえるが、うるさくはない

・耳鳴りが殆どきこえない

 

●調 整

MPOの中・高音域を少し抑える

INR(衝撃音抑制)をONにする

・ノイズトラッカーⅡ(雑音抑制)をONにする

・指向性機能:無指向性のまま

 

●調整後の印象

・音の響きがだいぶ良くなった

・自分の声の違和感はあまり変わらないが我慢できそう。

 

●試聴の開始

・この調整状態で実生活で試聴をして様子をみることになった。

・聴覚トレーニングのため、16時間以上装着するように指示。

⇒疲れを感じたら無理せず外しても構わないと伝える。

・取り扱いの説明と着脱の練習を行い、初回フィッティングを終了。

 

途中経過(2カ月後)

【使用状態】

・平均使用時間:7時間(ログデータより)

・ボリューム調整:殆ど使用なし

 

【ユーザーの評価と要望】

・音(周りの音、自分の声)にだいぶ慣れてきた。

・依然として、会話についていくのに苦労する。

・子供の甲高い声が少しうるさい。

・耳鳴りは補聴器を付けている間は気にならない。

 

・甲高い音の感じを少し滑らかにできないか?

・電話がききとれるようにならないか?

 

【再調整】

MPO3dB上げる

・低音域の65dB 入力の利得を35dB上げる

・指向性⇒無指向性 に変更

⇒甲高い音がかなり解消される

 

【その他、指導など】

・電話について、携帯電話(iPhone)とのペアリングを試みる。

⇒音声がかなり綺麗に聞こえて、言葉が聞き取りやすいと喜ばれる

⇒3Dアプリのインストール後、使い方を指導

・ドクターから、耳鳴りが改善の方向に向かっているので、このまま続けましょうと伝えられる。

 

【購入決定】

2週間後に購入したいとの連絡あり。ドクターの同意を得て同器種の購入決定となる。

 

 

■ 最終調整と評価(5カ月後)

【使用状態】

・平均使用時間:11時間

・ボリューム調整:なし

・携帯電話の使用:ダイレクトストリーミング(MFi)で使用

 

【最終調整状態】

右図参照
最終調整画面(疑似インサーションカーブ)を右図に示します。
最終的には40dB程度のゲインを与える形となる。

 

【客観的測定】

耳鳴り(THIの推移)

補聴器装用前(初診)72 (耳鳴りが気になり、生活上かなり困難があった)

補聴器装用2カ月:58 (補聴器を付けていると耳鳴りが気にならなくなってきた)
補聴器装用5ヶ月:26(耳鳴りが鳴っていることを忘れてしまうことが多い。生活上の困難はかなり少なくなった)

 

【ユーザーの感想】

・最初は補聴器の音になかなか馴染めなかったが、ようやく音に慣れてきた。
・仕事上のコミュニケーションは改善されてきているが、まだ聞き間違いはゼロにはならず、人込みなどでは聞き取りにくい場合がある。
・補聴器に電話音声を転送する機能(MFi)はとても便利で、仕事でもプライベートでも助かっている。

・マスク越しの会話は、より聞きとりが難しくなる場合が多い。
・耳鳴りの苦痛がかなり良くなり、補聴器を外しも気にならないことが多くなった。体調によるものなのか、日によって耳鳴りのレベルが高い時がある。

【評 価】
補聴器の装用閾値は、35dB~45dBまで改善している。2kHz以上の高音域がやや不足の状態である。
その影響を受けて、明瞭度は60dBHLの提示音圧において、裸耳の最高明瞭度よりも5pt低い状態となっており、利得がまだ不足気味である。
これは70dBHLの提示音圧で最高明瞭度に達していることも裏付けとなっている。
耳鳴りは、日常生活に支障がないくらいまでに改善してきているが、日によってまだ変動があるようなので、引き続きドクターと連携をとった対応を行っていく。
 
■筆者コメント
今回ご紹介したフィッティング事例は、
・急な聴力変動(突発性難聴)
・左右差がある
・耳鳴り
という「禁忌8項目に抵触する」患者さんの事例です。
このような患者さんが来店されても、耳鼻咽喉科専門医の所見や指示無しに対応することはできません。また、病院からご紹介を受けた場合には、その調整の状況を常に紹介元のドクターにフィードバックするようにしてください。特に、耳鳴りの症状にかかわる部分は、その後も医師の診断無しにジェネレータ機能を有効にしたり、レベルの設定を変えたりすることはできませんのでご注意願います。