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2021年7月号

『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』

-Part II:雑音抑制と指向性-

前回に引き続き、『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』として『雑音抑制と指向性』について今回は解説をします。この雑音抑制や指向性は、20数年前にデジタル補聴器が開発された当初から登場していました。しかし、これらの機能も時代と共に様々な研究を重ねて変化してきています。一方で、考え方や使い方も変化してきており、最適な抑制がどうあるべきかは、常に議論の対象になっています。
こうした時代的な変化と共に、雑音抑制と指向性についてご紹介します。

 

雑音抑制の方式 ~種類とアルゴリズム~

難聴者がもっとよく聞きたいと願う主体は会話であり、補聴器は聞こえが衰えている帯域の会話音声を増幅して円滑にコミュニケーションを行うことを助けます。そうした中で、会話以外の成分があるとそれも増幅をしてしまうため会話が雑音に埋もれて聞きにくい状態になります。
そこで考えられてきたのが、雑音抑制という手段です。これは、デジタル補聴器になって初めて出現したかのように思われていますが、実はアナログ補聴器の時代からその考えがあり行われていました。では、伝統的な方法からご紹介します。

雑音が多く含まれる帯域を落とす

右図は様々な種類の広帯域ノイズを描いたものです。この中でHoth Noise(ホスノイズ)と呼ばれるものは、日常生活の環境騒音に似ているものです。

これを見てお分りのように、環境騒音は主に低音域に多く含まれています。この低音域を少しカットするだけで、雑音成分が弱くなります。アナログ補聴器では、音質調節の低音を少し落とすことになります。デジタル補聴器では、300Hz以下のバンドの利得調整器を下げると効果的です。

②音声を検出し、それ以外の帯域の利得を落とす

音声を検出する方法にはいくつかありますが、補聴器でよく使われているのが音声エンベロープ(包絡線)の検出による方法です。図のように音声波形の山を平坦化すると音声波形のエンベロープが検出されます。それは数Hz程度のゆっくりとした波が特徴であり、環境雑音などはこのようなエンベロープが存在しないか、あるいはかなり高い周波数であるため、このゆっくりとした包絡線の検出によって音声情報の有無を見分けることができます。

前回ご説明した「マルチ・チャンネル処理」によって、各チャンネルごとに音声検出を行い、ゆっくりとしたエンベロープが検出されれば、その帯域は音声情報があるとみなして増幅され、検出されなければそこは雑音成分が主体であると判断して利得をあまり上げないようにします。最終的に各チャンネルの情報を統合した出力信号は音声強調された信号となります。

どれだけ、音声情報を強調して抽出できるかはチャンネル数と処理スピードに関係します。チャンネル数が細かければ、それだけ音声と雑音とを精密に分けることができます。しかしチャンネルが多くなればなる程、処理に時間が掛かるため早い演算スピードのDSPを搭載する必要があります。

チャンネル数が少ない場合には雑音が多い帯域であっても音声情報が含まれる可能性が高いため、言葉の要素を保持するにはそれほど顕著に雑音を落とすことはできません。高価格帯のチャンネル数が多い補聴器では「強」までの雑音抑制ができるのに対し、チャンネル数が少ないスタンダードクラスの補聴器で「弱」までしか設定できないのはそのためです。

この雑音抑制の方式は、音声と雑音が同じ方向から到来しても不要な雑音を抑制することができます。一般的に定常雑音(エアコンや冷蔵庫のモーター音、交通騒音など)の抑制には効果的です。ただし、レストランやカフェテリアのようなところで、後ろの人の会話が耳障りであっても抑制することはできません。

 
③突発的な音を抑える ~衝撃音抑制(INR)~

上記の雑音抑制では、一定した定常雑音の抑制には効果があります。ただ、食器がぶつかる音や新聞をめくる音、スリッパで歩く音など、「カチャカチャ」「パリパリ」といった衝撃音を抑えることはできません。
しかし、近年ではこうした衝撃音を抑える技術が補聴器にも導入されるようになりました。
 

従来はこの種の雑音については、出力制限などで対応していましたが、ダイナミックレンジが狭くなり音声の聞こえが劣化するなど抑えることによる弊害も指摘されてきました。リサウンド補聴器の衝撃音抑制機能は会話音の情報を妨げることは殆どありません。周囲環境に応じて自動的に抑制程度を変えるため違和感も少なくなっています。
補聴器ユーザーにとって悩みの種であった「カチャカチャ音」の不快感から解放され、音声もしっかり聞き取れるようになりました。
この機能は当初は高価格帯の補聴器だけでしたが、最近では10万円台のスタンダードクラスの補聴器にも搭載されるようになってきています。

 

聞きたい会話を聞きやすくする ~指向性補聴器~

先ほどの雑音抑制では、声がいくつかの方向から到来した場合には、同じ音声成分なので抑制をかけることができませんでした。一般に対面する人との会話が中心に聞きたいものなので、その他の会話はある程度抑えた方が聞き取りやすくなります。
その方式として使われるのが、指向性技術です。雑音抑制とは区別されますが、求める音声を聞きやすくする意味では、目的は同じになります。指向性の補聴器では、一般に前方方向の感度を強くして音声情報を聞きやすくし、その他の方向からの音の到来を抑えることができます。一方、前方の直接音を強く取るため、反響の多い部屋などでも指向性にするとある程度聞きやすくなります。

 

指向性を実現させるためには、補聴器が少なくとも2つのマイクロホンを備えていなければなりません。最近の耳掛け型補聴器では、むしろ指向性の補聴器の割合の方が多くなってきています。補聴器を耳に装着して前後方向にマイクロホンが並ぶ形になります。

これら2つのマイクロホンで得られるパターンは、基本的に無指向性と双指向性のパターンとなり、その2つのパターンの信号の電気的な結合の仕方によって前方の指向性のパターンがいくつか生まれます。

 

指向性補聴器は、補聴器装用者が聞きたい音の方向に顔を向けると特に後方からの音を抑えて、前方の音が聞きやすくなります。ただし、前方に雑音源があればそれも一緒に拾ってしまいます。
指向性の有効距離はどのタイプの指向性においても約5m以内です。10m以上離れた声を指向性で拾うようなことは実環境では難しいといえるでしょう。
また、指向性補聴器のきこえとして、原理的にハイパスフィルターの特性を作ることになるため、低音域が減衰するという性質をもっています。そのため、低音域の利得が必要な場合には補正を行う必要があります。通常は、初期フィッティングの段階においてフィッティングソフトで低音域を自動的に持ち上げる場合が多くあります。

 
最近では、左右の補聴器のマイクロホン出力信号をお互い使うことによって、仮想的に4つのマイクロホンで指向性のパターンを形成するビームフォーミング技術が補聴器でも使われるようになっています。より鋭い指向性によって周りの音をさらに抑えて、聞きたい音に集中する方式です。かなりうるさい環境での聞き取りには、有効的な手段となるでしょう。

■雑音抑制と指向性の効果的な使い方

●抑えすぎは禁物
リサウンド補聴器の雑音抑制は、依然はかなり強くかかるようにしていましました。しかし、それは結果的にユーザーのメリットには決してならないということが、様々な調査で分かってきたため、最近では雑音抑制の程度は最大でも-10dB程度にしています。 これには、ユーザーの本来持っている「きこえの能力」を最大限に活用させるという意味も含まれています。健聴者も雑音の中で音を聞くのは困難な場合がありますが、雑音の中に埋もれた中から必要な情報をつなぎ合わせる「音韻修復」という術も本来持ち合わせています。言葉以外にも生活の上で必要な情報は世の中に多く存在しますので、ある程度補聴器の音に慣れてきたら少し抑制を弱めることも検討してみてください。

●音楽を楽しむには
補聴器にとって、その時に何が必要な音なのかという判断はできません。雑音抑制機能は、補聴器にとって音声は必要な情報として残し、それ以外のものを雑音として判断します。ですから、音楽や様々な警告音なども抑えてしまう場合があります。難聴の方でも音楽が好きな方は大勢いらっしゃるので、音楽を楽しむ場合は、別のプログラムを作り、雑音抑制は「ミュージックモード」のような弱めの設定にするといいでしょう。また、音楽は音声よりもはるかに帯域が広いので、低域、高域をやや持ち上げた方が音楽のダイナミックな感じが増す場合があります。衝撃音抑制もONになっているのであれば、弱程度に弱めるか、音楽の時はOFFにしても良い場合があります。

●雑音抑制、指向性、衝撃音抑制の使い分け
3つの機能の使い分けについて目安をお伝えします。

●必要な音か不要な音かは主観的なもの
雑音抑制の機能、指向性の原理などについて述べてきましたが、これらの機能を効果的に使うことが補聴器の価値を活かすことにつながります。やたらと音を抑えすぎてしまうと、却ってユーザーにとって聞きにくい補聴器になる場合もあります。必要な音かどうかは会話も含めてその方の主観的なところが大きく影響することも考えておくべきでしょう。例えば、ある音楽を聴いて「いい音だなぁ」と感動に浸る人もいれば、同じ音楽を聴いて「うるさくて我慢できない」という人もいます。聞く人の趣向はもちろんのこと、その場面や状況によって音の必要性や価値は変わるものです。

次回は 『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』 -第3回 :ハウリング抑制- についてお伝えします。

 
 

事例No93

■重度難聴者へのアプローチ

【ユーザープロフィール】

年齢25歳 女性
職業:会社員(3年目)
家族構成:両親 との3人家族

耳鼻科補聴器外来の患者様
耳鼻科診断:両側感音難聴(先天性)

聴力図:右図参照
平均聴力レベル:右:106dB 左:105dB
語音弁別能:右:データなし、左:データなし
補聴器経験:幼少時期より常時装用
現状補聴器:A社 総合支援法対応器種   両耳装用

※バックグラウンド
聴力的には人工内耳の対象であり、以前より医師や言語聴覚士より強く薦められてはきたが、本人は希望せず補聴器での対応を続けてきた。今回も同様の対応を希望。

今回の対応
・現状の補聴器の故障の頻度が多くなってきた
・ややハウリング気味
・総合支援法対応補聴器の前回交付(現状の補聴器)から7年が経過
・社会人となって仕事上の聞こえの改善を希望

上記の理由から新しい補聴器の選定と試聴を実施した。

 

【試聴方法】

  • リサウンド・エンツォ クアトロ(EQ998)及び、総合支援法対応器種:アンビオ(Ambio)598を両耳で試聴
  • イヤモールド新規作成
  • 調整状態:
    • ターゲットルール:Audiogram+(経験者 ノンリニア)
    • オートフィットから現状の補聴器の利得出力に合わせる
    • 特別機能(指向性、雑音抑制など)はデフォルト設定

EQ998 / Ambio598調整状態

EQ998とAmbio598との利得調整は同じに設定
EQ998において、指向性機能=「両耳連動指向性Ⅲ」、INR=「弱」に設定


 EQ998、Ambio598、従来器種との聞こえの違い(主観評価)】

  • 従来器種に比べ、新規の2器種の方が言葉がややクリアに聞こえる
  • ハウリングがしない
    • 新規2器種のMSGカーブの状態はとても良好であり、イヤモールドが適切にフィットしている
  • 新規2器種の音の違いについては、EQ998の方が環境音など全体的に音が鮮明である
 

【現状補聴器と新規2器種との装用閾値の比較】

  • 新規2器種の閾値はほぼ同じであった
  • 従来器種との比較では、2kHzの改善が顕著である
  • この2kHz の聞こえ方の違いが言葉の聞きやすさにつながっているものと思われる

【EQ998とAmbio598試聴の経過観察】

両器種について、お互い数週間の試聴をおこなった。
 
  • 新型コロナウィルスの関係で仕事は全てテレワークとなっており、職場での経過観察はできていない。
  • EQ998 Ambi598ともに言葉は聞きやすい。
  • EQ998YoutubeiPhoneのストリーミング(MFi)で試したところ、音楽がとてもよく聞こえた。「これまで、補聴器で音楽を聴くことは諦めていたが、音楽がこれほど良く聞こえるとは思わなかった。とてもうれしい!」と高評価。
  • Ambio598MFi機能が無いのでマルチマイク経由で試聴。しかしEQ998のダイレクトストリーミングのような聞こえではなく、中継器(マルチマイク)を挟むという煩わしさがある。

【最終的な器種の選定】

2器種の試聴期間を終えて、器種の選定がおこなわれた。

  • 言葉の聞こえ方については、差はあまりない。
  • 周りの音の感じ方はEQ998がやや勝る。
  • EQ998で音楽が聞こえるのはとても貴重であるが、金銭的に出費ができない。
    • Ambio598は総合支援法対応器種のため、両耳で2万円弱の自己負担で購入可能。
    • EQ998では差額購入となり、かなり高額(90万円程度)の負担となる。
  • 妥協点として、MFiの機能を備え、価格を抑えるためにEQ598の両耳購入に至る。
 

【EQ598の試聴経過と最終特性測定図】

  • EQ998とやや音の感じは違うが、大きな問題はない。
  • MFi を使った音楽の聴取はEQ998 と全く同じように良く聞き取れるので満足である。
  • 装用閾値はEQ998とほぼ変わりなく、2kHzも40dB程度にまで上げることができている。
  • EQ598は「両耳連動指向性Ⅲ」がないため「無指向性」にしている。
 EQ598 特性測定図