2021年4月号
『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』
-Part I:マルチ・チャンネル処理-
デジタル補聴器が1998年頃に実用化された商品が世の中に登場して以来、二十数年が経過しました。アナログ時代では解決できなかった問題が、デジタル信号処理によっていくつも解決されてきています。当たり前になってきたデジタル補聴器の機能ですが、今一度その機能の意義、そして有効的な活用についてシリーズで解説をしたいと思います。
第1回目は、『マルチ・チャンネル処理』です。補聴器の周波数帯域を分割して適正な利得カーブを作り、微調整を行うための手段として知られています。一方で、言葉の理解の上でも多チャンネル処理は大事な要素となっています。
■ マルチ・チャンネル処理
アナログ補聴器ではせいぜい2ch~3chの帯域、つまりは低音域、中音域、高音域に分けて補聴器の利得カーブを作っていたものが、デジタル補聴器ではより細かい帯域に分けて綿密な利得カーブを作り上げることができるようになりました。リサウンド補聴器では、今は80,000円クラスの補聴器(リサウンド・キー)でも6帯域に分割がされ、プレミアムクラスでは17帯域に分けた利得カーブの作成が可能となっています。
- 周波数レスポンスの形状
では先ず、フィッティング上で6バンドと17バンドで周波数レスポンスを作り上げる、或いは微調整を行う上でどれぐらいの差が出てくるのかを実際の画面でみてみましょう。テストする聴力図は図1に示すような急墜のタイプで検討します。
図1
設定:両耳、レシーバ:MP、耳せん:パワードーム、初期調整:初心者/明瞭度優先
図2
リサウンド・キー 262 初期設定
初心者明瞭度優先
図3
リサウンド・ワン 962 初期設定
初心者明瞭度優先
これで見る限りは両者の周波数レスポンスは、リサウンド・ワンは9kHz 以上まで伸びているので8kHz までの調整ができ、またレスポンスカーブも描かれていますがそれ以外は差は殆どありません。初期段階のオートフィットを行う分には、このような急墜型の難しい聴力であっても6chでカーブが作れます。
では、両者のチャネル数の差はどこで生まれてくるのかというと、ここから微調整をしようとした場合にそれが顕著になります。よくある例として、周波数レスポンスの3kHzあたりのピークがキンキンしたり、響いたりするような場合にそこを落とそうとすると、次のような結果になります。
リサウンド・キー262では、3kHzの調整を行うには2kHzと4kHzの双方のバンドを調整しなければなりません。そうすると、3kHzだけでなく、1kHz や2kHz、4kHzまでもが落ちてしまうことになります。この補聴器では、利得カーブの調整でこれ以上の調整は困難となり、そうなると言葉の聞き取りもかなり悪くなってしまいます。
一方、リサウンド・ワン962では、3kHzあたりをスポットで落とすことができ、まわりの周波数帯域への影響が少ないため言葉の明瞭度の影響も最小限に抑えることができます。
つまり、周波数帯域ごとの聴力の変化が大きい難聴の場合、あるいは、ユーザーの要望に細かい対応をするためにはチャンネル数の多い補聴器が有利であると云えます。
リサウンド・キー 262 微調整
3kHzピークを抑えるための調整
リサウンド・ワン 962 微調整
3kHz ピークを抑えるための調整
- デジタル信号処理への影響
下記は、リサウンド・ワン962とリサウンド・キー262の雑音抑制(ノイズトラッカーⅡ)の調整画面のスライダーになります。
両者の差は見ての通り、プレミアムクラスのワン962では「オフ」「弱」~「強」「環境適応」とかなり幅広く、しかも環境に応じた自動調節が出来るのに対して、キー262では「オフ」と「オン(弱)」のみになっています。これは、クラスによる優位性を設けているということもありますが、チャンネル数の違いによる音の分別能力(分解能)の違いから、雑音抑制のレベルを必然的に制限しなければならないという理由もあります。
雑音抑制の原理は、補聴器の入力音をチャンネルに分けて、チャンネル毎に分析器にかけ、そこに含まれる音が会話が存在するのか、雑音だけなのか、雑音と会話が混在するのかを分析します。
会話だけ、あるいは会話が優位であれば、その帯域は抑制を掛けません。一方、雑音のみ、或いは雑音が優位と認識されれば、その帯域を雑音抑制の設定レベルに応じて利得を下げます。チャンネル数が多くなれば、それだけ分解能も細かくなり、雑音と会話を細かく分別することができ、雑音成分の帯域は大きく落とすことができます。しかし、チャンネル数が少なくなると、分解能が荒くなり、雑音と認識された帯域の中にも会話成分が残っている可能性もあります。ですから、チャンネル数が少ない場合にはあまり大きな抑制を掛けてしまうと、会話成分まで落としてしまうことになるので、あまり大きな抑制をかけることができず最大でも「弱」程度になるわけです。
マルチ・チャンネルについて、チャンネル数の違いによってどのようなメリット、デメリット、制限などがあるかをご説明してきました。
チャンネル数を選択するポイントは、
①聴力型だけでなく、後の対応がどれだけ可能であるか?
・試聴してみて、細かい対応が必要と思われる場合はチャンネル数の多い器種を選ぶ
・特に急墜型の聴力の方などダイナミックレンジの狭いユーザー
②雑音抑制などの処理の観点から、どのような環境で使われるのか?
・家の中が中心であるユーザーには、あまり多くのチャンネルは必要ないかもしれません
・仕事を持っている方や、活動的な方にはチャンネル数が多い方が雑音を抑え、言葉をとらえやすくなる可能性があります
補聴器の多チャンネル化は、調整例に示しましたように調整面での柔軟性と共に、特に雑音下での会話の聞き取りに有利であると云えます。これらの優位性をユーザーによってどう使分けていくかを念頭に補聴器のチャンネル数について検討していただくと良いでしょう。
以上、マルチ・チャンネルのチャンネル数の選択についてご参考になれば幸いです。
次回は、『デジタル補聴器の機能 ワンポイントアドバイス』 -PartII :雑音抑制と指向性- について解説します。
【初期チェック、初期調整】
・オートフィットの状態で違和感はなく、以前とは違った自然なきこえに喜ばれる
・ハウリング:特に問題なし
・簡易的に肉声で言葉の聞き取りテストを実施
⇒移調傾向が残るため、両耳共に低音域と3kHz~6kHzを中心に3dB程利得を上げる
・右耳がシャリシャリした感じ
⇒耳せんを右側もチューリップドームに変更
⇒シャリシャリ感が軽減
・大きな音のチェック⇒やや響く
⇒MPO:中高音のMPOを全体に110dB程度にする
⇒G80 :中高音のG80 をやや上げる
・特別機能はほぼデフォルト状態で良好
⇒指向性:「両耳連動Ⅲ」、衝撃音抑制:「中」、エクスパンション:「弱」
・これらの状態で実生活での試聴を実施
RE961初回調整
【試聴期間の経過と最終決定】
フィッティングに関して
・約1ヶ月半に渡り、4回の調整を実施
・現状の装用状態
-装用時間:左右とも10時間(ほぼ日中は装用)
-使用環境:静かな場所:約30%
静かな場所の会話:約20%
騒々しい環境:約20%
その他:約30%
・聞こえの状態
-装用閾値:右図参照
-語音明瞭度:右:100%(60dB)
95%(50dB)
左: 90%(60dB)
-移調傾向が改善されてきた
良い点
・言葉がかなりハッキリと聞こえるようになった。聞き返しを殆どしなくなった。
・呼び出し音、電子音が良く聞こえる。家のチャイムも聞き取れて安心。
・携帯電話の会話が楽(スマートフォンとの接続設定あり)。
・大きな音は抑えてくれているのが分かる。快適に過ごせる。
・小型でワイヤレス・イヤホンのような感じで違和感が少ない。
悪い点
・だいぶ慣れてはきたが少し煩わしい。耳の中が痒くなることがたまにある。
・少し音が尖った感じに聞こえる。やや疲れる。
・騒々しいところでの会話の聞き取りはまだ難しい。
【最終決定器種】
・RE761DRWC(両耳)に決定。
-試聴器種が良かったが、予算の都合で7クラスになる。
-充電式が便利なので。
RE961最終調整状態
【調整変更ポイント】
・自動的に変化をするのがユーザーご自身の気持ちと合わないとのことで、自動機能を外す。
・周囲雑音がやや気になる方なので、雑音抑制(ノイズトラッカー)を「中」に固定。
・風切音抑制(ウィンドガード)は「オフ」であったが、外に出た時に気になるということで、「弱」に設定。
・衝撃音抑制はデフォルト「中」であったが、音に違和感があるので「弱」に設定。
・エクスパンションは、デフォルト「弱」であったが、効果の実感がないので「オフ」に設定。
・耳が痒くなるとのことで、イヤモールドを検討中。
【今後に関して】
・4kHzあたりの改善がどこまでできるのか、時期をみてあげてみる。
・そのためには、ハウリングの観点から耳せんの選択も検討する必要がある。
・耳が痒くなるということもあり、将来的にはイヤモールドへの移行を検討する。