水平面の方向感の認知
(両耳間時間差の有効性の検証)
(The effect of gain mismatch on horizontal localization performance / G.Keidser, E.Convery, at.alより内容抜粋)
補聴器の両耳信号処理は目覚ましく進歩しており、ボリューム調節とプログラム選択の両耳同期は、補聴器ユーザーの不意の操作ミスによる両耳間の音量バランスの崩れを防ぎ、両耳間強度差(IID)のキューの歪みを抑えられ、水平面の音源定位の認識に貢献しています。
しかし、両耳間強度差の歪みはワイドダイナミックレンジコンプレッション(WDRC)の補聴器を両耳装用したときにも起こります。それは互いに独立して動作するWDRCの場合、左右の補聴器の音量バランスがきちんと保たれていても起きます。音源に近い耳に到達する音の強さが増すと、コンプレッションの影響でその耳に適用されるゲインが抑えられます。したがって、自然な形の両耳間強度差は失われてしまいます。[i] この現象は圧縮比が高い補聴器ほど両耳間強度差は失われる可能性が高くなります。
これらの問題を解決するために、近年の補聴器では頭部陰影効果による両耳間強度差(IID)を生かした両耳信号処理が導入されてきました。[ii] これは方向感のより自然な認識を得るための前進ではありますが、一方で、耳へ音が到達する時間差(ITD)が方向感覚に有効であることも知っておくべきです。それは、両耳間時間差が圧縮による影響を受けず、1500Hz以下の周波数の音情報によって音源の方向感の認識に役立つからです。[iii]
このレポートは、様々な周波数スペクトルの音刺激を使って、左右の利得がアンバランスな状態にした場合に方向感の影響を実験的に検証したものです。
被験者
3名の女性と6名の男性で、いずれも方向感覚のテストに慣れている人達が被験者となりました。彼らの年齢は50歳~79歳で、平均は77歳でした。全被験者は左右の聴力型が似たような感音難聴者で、最低でも6ヵ月の両耳装用の経験があります。被験者の平均聴力レベルは33dB~62dBであり、その中央値は45dBです。
方法
被験者は両耳に環境認識機能をもつ、2組の耳掛け型の補聴器を調整され、それぞれ2つのプログラムが設定され、合計4つのプログラムが設定されました。そしてイヤモールドは硬質スケルトンのφ1mmベントのものを使わせました。利得と周波数レスポンスはフィッティングソフトのNAL-NL1の65dBSPLにおける実耳挿入利得(インサーションゲイン)に合わせて初期設定されました。[iv] 圧縮(コンプレッション)はシラビック(音節)にし、すべてのアダプティブパラメータをOffにしました。フィッティングは実耳測定を用いた測定で検証されました。
被験者の補聴器の利得がバランスしている状態のものを、補聴器の最初の設定であるプログラム1に保存されました。残り3つのプログラムには、全体利得を3, 6, 9dBの利得にアンバランスされた状態に設定しました。図1はある被験者の左右インサーションゲインの測定カーブと利得不一致の状態を示したものです。
図1)青:左耳、赤:右耳の補聴器の利得を表し、a)の両耳間の音量のバランスが取れた状態を基準として、左右の利得不一致をb)3dB、c)6dB、d)9dBとした時の変化。いずれのグラフもインサーションゲイン(IG)で表示。
音刺激
5つのテスト音刺激が使われ、その中の3つは広帯域の生活音である会話、交通騒音、鳥の鳴き声でした。これらの音サンプルは図2にあるようにそれぞれ異なる周波数スペクトルを持ちます。会話と交通騒音は低周波数帯域の成分が多く、一方鳥の鳴き声は高周波数帯域に多く存在します。この3つの広帯域音刺激は2秒間の長さの音を10ms間隔で音が断続して提示され、残り2つの音刺激はピンクノイズで加工された400と3450Hzのオクターブバンドノイズを用いています。
図2) 音刺激として用いた、鳥の鳴き声、交通騒音、会話の1/3オクターブバンドの周波数スペクトル
方向感テスト
方向感テストの測定は無響音室で20のスピーカーを使って行われ、それぞれ18°間隔で水平面上の全方向に置かれました。5つの音刺激はいずれも4つの利得が不一致な状態のテストにおいて、20個のスピーカーの中からランダムに2回提示されました。刺激音の提示レベルは自由音場で65dBSPL ± 3dB以内に設定され、被験者は刺激を感じた方向を口頭で回答しました。
結果
分析に際し、後ろ半分への提示と反応はすべて前半分へ反転し、左右の異聴のみカウントすることにしました。すべての被験者について、音刺激と利得不一致の実効値(RMS)を算出し、定位エラーの平均偏差(Mean)を算出しています。[v, vi] 実効値(RMS)エラーは、様々な方向から来る音源を定位する全体的な精度を表し、平均偏差エラーは0°から大きく違った時、左右どちらかにバイアスが発生していることを示しています。その結果、プラス平均では右耳にバイアスがかかっていることが示され、マイナス平均では左耳にバイアスがかかっていることが示されました。
図3) 利得不一致と各音刺激に対する実効値エラー (横軸:左右の利得差、縦軸:相対角度)
図3は実効値(RMS)エラーの被験者の平均値を示しています。分散分析の手法で音刺激と利得不一致の反復測定を行いました。この分析によれば音刺激の影響を特徴付けていました(P=0.0002)。
3つの広帯域音刺激が断続的な狭帯域雑音よりエラーが低かったことが明らかになりました。また、低周波数帯に比重を置いた2つの音刺激(交通騒音と400Hz断続音ピンクノイズ)は、高周波数帯中心の音刺激(インコの鳴き声:Cockatoo noise、3150Hzピンクノイズ)に比べエラーが少なくなりました。これらの結果から、低周波数帯域の情報が音信号として提示されているとき、両耳間時間差(ITD)が音源の方向を聞き分けるのに支配的なキューになるということが期待できます。
図4に平均偏差エラーの分析結果を示す。分散分析を刺激音と利得ミスマッチの反復測定を行いました。この場合、音刺激そのもの、音刺激と利得不一致の間に特徴がみらました。(有意性は各々p=0.007と0.004)
多重比較分析では、1/3オクターブバンドの3150Hzピンクノイズが、利得不一致の幅が大きくなるに従い、定位エラーの間違いが目立ちました。これは反応が大きくなるにつれ、実際に音を出している方向の左側に出ることが判明しました。
さらに、平均偏差エラーは3150Hz断続音ピンクノイズにおいても、交通騒音や400Hzの断続したピンクノイズのような低域の強い音源に比べ、利得不一致によるエラー増大が顕著でした。一方、2つの低周波数帯音源はどの利得不一致の条件でもエラーが0に近い状態でした。これらの結果は先にも述べた通り、両耳間時間差(ITD)は低音域の音刺激として支配的なキューとなるものであるといえます。。
この事実は、同期しない圧縮(コンプレッション)回路が両耳間強度差(IID)に歪を生じさせた場合、この歪みは、低音域を含む広帯域の音源定位に悪影響を及ぼさないことになります。
まとめ
本研究の結果から、低周波数帯域の音情報から両耳間時間差のキューが認識され、9dBまでの利得不一致においても左右感覚の認識は影響を受けないということが示されました。結果として、音源定位の改善を目的とするならば、両耳フィッティングにおいて、両耳間レベル差(ILD)のキューはとても重要であると云えます。この時、時間差を生じさせる、イヤモールドのベント、マイクモードのミスマッチが、同期していないコンプレッションによる利得ミスマッチよりも水平方向の音源定位を妨げる可能性があると云えます。
参考文献
[i] Keidser G, Rohrseitz K, Dillon H, Hamacher V, CarterL, Rass U, Convery E: The effect of multi-channel wide dynamic range compression, noise reduction, and the directional microphone on
horizontal localization performance in hearing aid wearers. IJA 2006;45:563-579.
[ii] Wilson G, Lindley G, Schum D: A new Epoch in hearing history. Hearing Review
Products 2007.
[iii] Wightman FL, Kistler DJ: The dominant role of low-frequency interaural time differences
in sound localization. J Acoust Soc Am 1992;91:1648-1661.
[iv] Byrne D, Dillon H, Ching T, Katsch R, Keidser G: NAL-NL1 procedure for fitting
nonlinear hearing aids: Characteristics and comparisons with other procedures. J Am Acad Audiol 2001;12:37-51.
[v] Good MD, Gilkey RH: Sound localization in noise: The effect of signal-to-noise ratio.
J Acoust Soc Am 1996;99:1108-1117.
[vi] Keidser G, O’Brien A, Hain Jens-Uwe, McLelland M, Yeend I: The effect of frequencydependent
microphone directionality on horizontal localization performance in
hearing aid users. Int J Audiol 2009;48(11):789-803.